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いわゆる「たらい回し」とは
「たらい回し」とは、搬送を要する患者を受け入れてくれる病院が見つからず、なかなか出発することができずに時間だけが経過していってしまうことをいいます。1分1秒を争う救急搬送にもかかわらず、中には2時間も車内で過ごすことになり、命を失ってしまう痛ましい事態も発生しています。
事故や病気を原因に救急車を呼びます。救急隊の平均到着時間はなんとたったの7〜8分。電話したばかりにもかかわらず、救急車のサイレン音はすぐに聞こえますので少しほっとします。しかし、救急車内に運ばれた後が問題。
救急隊の方が電話で救急病院に患者の受け入れ依頼をしてくれるのですが、なかなか受け入れ先が見つからないのです。いくつかの病院に電話して、搬送先が決まってから出発します。決まるまでは当然救急車は停車したままです。
重症以上傷病者でも電話11回以上が約270人、60分以上滞在が約2,000人
平成27年重症以上傷病者の方において、救急隊の方が電話で救急病院に患者の受け入れ依頼をする回数が11回を超える割合は0.1%です。割合としては少ないですが、年間267人もの人々が命の失われるほどに危険な状態で放置されているということになります。
60分以上放置された方はなんと2,066人。重症な状態にもかかわらず、1時間以上適切な処理がなされることなく、救急車の中で待たされているのです。次はあなたのご家族かもしれませんし、あなたかもしれません。いつどうなるかなんて、未来のことは誰にもわかりません。
出典:『平成27年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果』
10〜20回の救急搬送の実体験でも電話は4〜5回
救急搬送された経験のある方、もしくは救急搬送に付き添った経験のある方であれば、実際に「たらい回し」の経験があるかと思います。私の場合、自分の怪我(転落による骨折)では1回、介護の現場における付き添いで10〜20回ほどの救急搬送された経験があります。
1回目で搬送先が決まったことは、10〜20回の救急搬送中0回です。全て4〜5つの病院に電話してからやっと出発しています。病気の内容や症状によっては10回以上要したこともあります。これは書式の数字の情報ではありません。私自身の実体験です。
受け入れ拒否の理由は人材不足
受け入れ拒否の大きな理由は5種類。5種類ありますが、まとめると全て人材不足ということになります。「ベッド満床」はベッドが足りず受入れできない場合。ベッドが足りないのであれば人材不足ではないのではと考えるでしょうがそれは少し違います。
他の救急病院が人材不足により引き受けを断るからこそ、一部の救急病院に救急患者が集中し、ベッドが余計に足りていないのだと考えられます。
経済協力開発機構(OECD)によると日本は、「人口1000人あたりの総病院ベッド数」は2015年時点で、OECD加盟国35カ国中なんと1位です。医師不足なのにベッド数は世界1なのです。
出典:『OECD Health Statistics 2017 - Frequently Requested Data』
「手術中、患者対応中 」は手が離せない状態。「処置困難」は設備、資器材がなかったり、手術スタッフ不足、人手不足、手に負えない傷病の場合。「専門外」は専門処置が必要な傷病者にもかかわらず専門医が不在の場合です。
出典:『平成27年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果』
救急隊員はピリピリ 年々増加する救急出動件数及び搬送人員数
平成28年における、救急自動車による救急出動件数は620万9,964件にものぼります。搬送人員数は562万1,218人。救急自動車はなんと、5.1秒に1回の割合で出動し、国民の23人に1人が搬送されているのです。高齢者割合の増加に比例して、全体数も増加傾向にあります。
当然ですが救急隊員の方々はとてもピリピリ。怒鳴るような勢いで状態や原因を聞いてくる隊員もいます。煽られている気分になるので、すぐに焦ってしまう方の場合、質問にしっかしした返答ができていないのを目にします。
命をつなぎとめ、救急病院に搬送することが彼らの役割でしょうが、搬送先が決まらなければ送り届けることができないのです。消えそうな命のともし火を見ながら、焦る気持ちを押しとどめ電話をし続けなければなりません。
やっと搬送できても、病院側も人材不足でピリピリしています。場合によっては理不尽な対応を受けることもあるはずです。
それにもかかわらず、人前での食事や水分補給が自由でないようです。営業や建築など、外でお仕事される方々はよく、車の中などで食事をしたり水分補給をしています。救急隊員の方が同じようにそれをすると、なぜかクレームに繋がるそうです。
立て続けに救急搬送が続き、過酷な現場を経て、いま食事・水分補給しておかないといつ食事できるかわからないといった状況にもかかわらずです。営業や建築などとの違いは、いつ出動要請がかかるかわからない点にあります。
病気や事故は食事や休憩を待ってはくれません。気の休まる暇はないはずです。体力を使い精神まですり減る仕事。助けに来てくれる救急隊が倒れてしまったら元も子もありませんし、食事や水分補給に対する理解が必要だと思います。
出典:『平成29年版 救急・救助の現況』平成29年12月19日 総務省消防庁
圧倒的に足りていない医者の数
平成28年「平均寿命の国際比較」男女ともに世界1位
平成28年時点における日本の平均寿命は男性で80.98歳、女性で87.14歳。世界第1位です。日本の医療が世界1位であると言い換えることもできます。私たちは、最も優秀な医者に支えられている国で生活しています。
出典:『Demographic Yearbook 2015』国連
出典:『平成 28 年簡易生命表の概況』厚生労働省
過労死ライン 医師は人生と命を削っている
経済協力開発機構(OECD)によると日本は、「人口1000人あたりの医師の数」は2014年時点で2.4人です。OECD加盟国35カ国中なんと31位。35カ国の平均は3.4人。1位のギリシャは6.3人。
出典:『OECD Health Statistics 2017 - Frequently Requested Data』
平均寿命でも分かる通り、日本の医療の質は世界最高レベルといわれていますが、その実態は少ないお医者さんの血と涙と努力の結晶により実現しています。失敗が許されない世界。1度のミスが患者さんだけでなく、自分の人生すら台無しにしてしまう過酷な職業です。
そのような現場で毎日戦っているにもかかわらず、お休みする時間がとても少ないのです。厚生労働省によると、週当たり勤務時間が60時間以上の常勤医師は39%もいるそうです。
残業なく働いた場合は週40時間(8時間/日)ですから、週5日働いているお医者さんの場合毎日4時間の残業をしていることになります。半日以上過酷な労働環境で過ごしているのです。1日4時間、1ヶ月間に80時間の残業が続くと過労死してしまう可能性が高いと言われています。私たちの健康的かつ安心できる暮らしは、医師の犠牲の上に成り立っているのです。
出典:『医師の勤務実態について』平成29年9月21日 厚生労働省
医療費財源を抑制せざるを得ない逼迫した状況
年金、介護費、医療費などの社会保障費は、高齢者割合の増加とともに、右肩上がりに急上昇しています。そこで問題になってくるのが社会保障費の財源です。増加していく社会保障を誰が負担するのかという問題。
75歳以上の医療費負担割合を1割から3割に増加させるといったように、「患者に直接負担」してもらう方法。
もしくは毎月お支払いしている「税金」や「保険料」を増やすといった、いわゆる公助・互助・ 自助による方法。選択肢は「医療費負担割増し」「増税」や「保険料値上げ」3つしかありません。
誰が負担するのかの問題とは別に、予測される財源の上昇を抑制しようといった対策も取られています。現状の政策は全てを同時進行させているようです。そこまでしていても社会保障費の財源は足りていない逼迫した状況にあるのです。
2016年度 自治体病院の6割超が赤字
全国自治体病院協議会(全自病)によると、平成28年度、自治体病院の6割超が赤字経営をしているとのことです。このような状態にあるにもかかわらず、医師数の抑制、医療費の財源の抑制、さらには時間外労働規制の煽りも受けています。
お医者さんに命を削ってまで働いてもらうのは(犠牲)違うと思いますので、時間外労働規制はあって当然だと思います。しかし、医者が足りていない状況での医師数抑制と財源抑制と時間外労働規制は、日本の地域医療の崩壊に直結します。
出典:『平成28年度 決算見込額調査報告書』平成29年3月31日 全国自治体病院協議会(全自病)
譲り合いの精神による救急外来で、今の重症患者と将来の自分や家族の命を救う
出典:日本救急医学会 ER検討委員会 Webページより
日本では今、医療費の財政問題に対する対策だけではく、救急医療のシステム面での見直しも行われています。
救急病院は、1次、2次、3次の3種類。1次では軽症患者まで、2次では中等症患者まで、3次では重症患者を受け入れることができます。従来の日本の救急システムでは、患者の症状を見て救急隊員が2次または3次を判断し、電話による受け入れを確認していました。
医師不足による救急外来の受け入れ先減少の問題がなければ、このシステムであっても大きな問題はなかったかもしれません。しかし、医師不足に悩まされる現在では、このシステムのままでは問題が生じてしまったのです。
重症患者の受け入れを待たされた結果、実際に命を失ってしまうといったことが増加してきたのです。また、医療費財源の抑制の煽りを受け、多くの2次救急病院がうまく機能しなくなってしまったことも原因の一つだと言われています。
2次救急病院として看板を掲げていても、医師不足で「処置困難」だから引き受けできない、医師がいても「専門医」ではないから引き受けできないといった理由で断られてしまうのです。
その結果、軽症患者から重症患者まで全ての患者が3次救急病院(救命救急センター)に集まり、「手術中、患者対応中 」もしくは「ベッド満床」を理由に命の危険がある重症患者が待たされ、命を失ってしまうことになってしまったのです。
今広がりつつある「ER型救急システム」の場合、救急隊員は「ER型救急病院」への受け入れ確認の電話をします。「ER型救急病院」では、ERドクター(ER専門医)によるトリアージが行われます。
トリアージとは、大事故や災害によりたくさんの患者が出てしまった場合に、手当の緊急度合いによって優先順位をつけることをいいます。ERドクターが行うのは基本的には診断と初期治療と入院か帰宅の判断だけで、手術は振分先の救急病院や担当科が行います。
そのため、実際にERドクターがその手術の経験や知識、専門性がなくても、実際に「ER型救急病院」にその処置を行う設備や人材が不足していたとしても、判断と初期治療だけなので、2次救急病院や救急救命医としては機能しなくても、「ER型救急病院」とERドクターとしては機能する可能性があります。
以前までは、救急隊員の判断で直接救急病院に搬送されていたため、優先順位をつけるまでもなく到着順のような状態でした。しかも、2次救急病院は減りつつありましたが、「ER型救急病院」であれば増加させやすいのです。
医師が少ないのに、救急患者が一定の病院に集まってしまうようになった現状は、常に大事故や災害が発生しているのと似た状況。分散されている救急患者を一度「ER型救急病院」に集め、手当の緊急度合いによって優先順位を変えることができれば、重症患者を助けられる可能性が上がります。
また各都道府県は、しっかり救命されるよう独自のルールを設け流ようになりました。例えば東京では①5病院に受け入れを断られる②要請開始から20分以上経過しても搬送先が決まらないいずれかの場合、指定病院が受け入れるか地域内で搬送先を調整するルールが決められています。
軽症患者は中等症患者以上に、中等症患者は重症患者に譲り合う「ER型救急システム」の導入と「たらい回し」を防ぐルールの導入。こういった譲り合いの精神が、今目の前の重症患者の命を救い、もしかしたらいつか自分や家族が重症患者になった時には逆に命を救ってもらえることになります。