同居する要介護状態の親御さん。実の両親であっても、義理の両親であっても、日々の介護はとても大変なことです。介護をせず、ただ同じ家に住んでいるだけだとしてもです。
親御さんの介護を、家族の誰か一人に任せきりにしてしまっているご家庭に、ぜひ読んでほしいエピソードです。今回は名を呼びながら階段を這う恐怖の介護エピソードについてご紹介します。
育ちが良いような雰囲気を持った祖母だった
私の祖母は、少し育ちの良さを感じさせる雰囲気を持った方でした。決していい意味ではありません。貧乏な家庭でしたので、その辺不思議に思っていました。1階に祖父母が暮らしており、2階に私たち家族が暮らしていたかたちです。
私が子供の頃、1階に遊びに行くとたまに飴玉を一つか二つ手に持たせてくれました。懐の寂しい家庭でしたので、2階には飴玉ひとつなかったのです。そのため、「お菓子食べたい。」って下心があったことを認めます。
要介護状態になり、認知症になった祖母
私が二十歳を越えた頃、祖母が要介護状態になりました。週に何回かデイサービスを利用するようになったのです。一方私は、当時の時点でも、介護の経験がそれなりにありました。そこで、休みの半分、しかも半日だけ祖母の見守りを引き受けることにしたのです。
ゆっくりと要介護状態が重度化していった祖母は、徐々に一人では歩くことができなくなっていきました。入浴にも介助が必要で、外出するときにも支えが必要な状態です。まず、階段を一人で登ることはできません。要介護度3になったのです。
徐々に怖くなってくる祖母
「〇〇く〜ん。〇〇く〜ん。」そばに誰かがいないと、名前を呼ぶのです。何度もなんども。「〇〇く〜ん。〇〇く〜ん。」と。子猫はよく「にゃ〜。にゃ〜。」と可愛らしくなきます。何度聞いたって苦痛になることはありません。当時のうちの実家では、「〇〇く〜ん。〇〇く〜ん。」と老婆がないていたのです。
朝起きるときも「〇〇く〜ん。〇〇く〜ん。」の声で起きます。食事をしているときにも、テレビを見ているときにも、トイレにいるときにすら聞こえてきます。夜中にそれで起こされることもあります。夢にも見るようになり、外出先でも幻聴が聞こえるようになってきました。
ノイローゼになるかと思った頃、階段を這い上がり始めた祖母
血の繋がった祖母です。仕事と違って同じ部屋にいるのが余計に苦痛です。不思議ですが、仕事だと余裕を保つことができるのに、家族だとどうしてもすぐにイライラしてしまうのです。だから必要最低限のことだけやって、普段は2階で過ごしていました。
「〇〇く〜ん。〇〇く〜ん。」と2階にもはっきり聞こえるほどに祖母は叫び続けます。用があるのかと聞いても、黙るだけで用はないのです。不安だから、ただそばにいて欲しかったのだと思います。当時は理解できませんでしたし、理解できてもそばにいてあげることはまずできなかったでしょう。
2〜3時間も「〇〇く〜ん。〇〇く〜ん。」と聞いていると、私自身、何度も叫びたくなります。気が狂いそうになるのです。要介護3なので、室内であればそこまで大きな介護を必要としません。祖母とは違う部屋にいます。
ただ家にいて、必要な時だけ対応するだけ。介護の仕事としてはかなり楽です。しかも、私の仕事が休みの日、週に1回程度。半日だけ。それでも全く余裕がありませんでした。一切優しくできません。イヤホンをつけ、音楽を聴いて祖母から逃げることが増えました。
それでもやっぱり半日ずっとイヤホンに逃げているわけにはいきません。ちょっとしたときにイヤホンを外します。外すと、期待を裏切らず「〇〇く〜ん。〇〇く〜ん。」と聞こえています。そこで違和感を感じます。「声が徐々に近づいてきている。」
疑問に思った私は、ドアを開け、廊下に出て、階段を見下ろします。すると、「〇〇く〜ん。〇〇く〜ん。」と叫びながら階段を這い上がってくる老婆が見えました。人は本当に恐怖をすると、声は出ないんだなと感じた瞬間です。
いかがでしたか。今回は名を呼びながら階段を這う恐怖の介護エピソードを紹介しました。余裕のある今だからこそわかることですが、日々衰えてゆく心身状態。余裕のなさから、人を貶したり、文句ばかり言ったり。いくらわめき散らしても理解してくれない家族。強く言えばいうほど離れて行く家族。
祖母は、要介護状態が徐々に重度化していき、自由に体を動かせなくなればなるほど、イライラしていたのだと思います。記憶もめちゃくちゃで、不安ばかりで怖かったのだと思います。余裕のある今だからこそ、多少でもわかってあげられるのです。
しかしそれは、介護する家族も同じ。家庭での介護は、絶対に一人に任せきりにしてはいけません。ただ長く同じ家にいるだけでおかしくなることだってあるのです。気が狂いそうな状態で冷静な判断ができるわけがないのです。余裕がないので、介護の専門知識をいくら持っていても意味ありません。
実際、祖母は階段を這い上がってきていました。イヤホンをつけていなければその前に気がつくことができたでしょうし、階段から転落していた恐れもあるのです。家族という近しい方の介護は、一人で行うべきではありません。