要介護度5、全介助のおばあちゃん
ある有料老人ホームのお話。90歳を超えるおばあちゃんが100歳を超える旦那さんと一緒に暮らしていました。ふたりとも、その有料老人ホームで一番年齢が高かったので、一緒に暮らす方々にも「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばれて親しまれていました。
おばあちゃんの要介護度は5で全介助。90を超えても綺麗な方で体型もとてもスリムな方でしたが、足腰が固まってしまっており、車椅子でもぱっと見横になっているように見える状態です。そのため、入浴介助は機械浴。
おばあちゃんは認知症もかなり進んでいました。話しかけても、話とは全く関係のない返答があります。ふるさとのお話をしてくれたかと思えば、急に「こりゃ。そこに正座なさい。」と説教する気満々になります。
言われた通りに正座をすると、もう忘れてしまったのか窓の外を眺めおじいちゃんの愚痴を言いだします。こう言っては失礼かもしれませんが、とても可愛らしい方です。
おじいちゃんは100歳を超えているにもかかわらず要介護度2です。入浴もほぼ見守りするだけで大丈夫です。認知症はほとんどない様子で、とてもお茶目な方でした。
ドライヤーをつけると「ん〜っ」て聞こえ、止めると聞こえなくなる
ある日おばあちゃんの入浴が終わり、着替えも済んで、おじいちゃんが脱衣所に迎えに来ました。おばあちゃんの入浴はいつも最後です。職員がドライヤーで頭を乾かしていると、どっからともなくかすかに「ん〜っ」て音がします。
「あれ。ドライヤーとは別の何かの音が聞こえる。」と思い、職員はドライヤーを止めます。他の職員が会話していたので、静かにしてもらいますが、耳をすませても何も聞こえません。そこで、他の職員に「何かモーターのような、ん〜って振動音のような音聞こえなかった。」と聞いてみますがみんな首をかしげます。
おじいちゃんだけがなぜかニコニコしています。もう一度ドライヤーをつけます。やっぱり「ん〜っ」って音が聞こえます。もう一度ドライヤーを消して、みんなに聞こえなかったかを聞いて見ます。すると「聞こえたけど、今は聞こえない。怖い。」とみんな騒ぎ始めます。
おじいちゃんはやっぱりニコニコしています。もう一度ドライヤーをつけます。そこでふと、おばあちゃんの口元が目に入ります。口を「ぎゅーっ」とすぼめて口を尖らせているのです。ドライヤーを止め、おばあちゃんに聞いて見ます。
「もしかして、ドライヤーの音を真似していませんでした。」と。しかし、認知症のためなのか、すっとぼけているのか、横を向いてシラーっとしています。おじいちゃんは分かっていたようで、うんうんとうなづきながら嬉しそうによりニコニコしています。
するとおばあちゃんが少し声を張り上げて言います。「おじいさんが見えないようだけど、どこにいったのかしら。」と。その強目の口調に恐れをなしたのか、おじいちゃんはいつものように口先に指を一本立て「しーっ」と言いながら静かに脱衣所を出てゆかれました。